つい先日、ずっと準備していたオンライン英会話コミュニティのある企画を無事にやりきったり、ジャザではいつもは教えない日曜の夕方のクラスをやってみたり。
と、いい意味で適度な緊張がある毎日だなって思ったの。
そんな緊張感について
そんなに大そうな事に対してじゃなくても、小さい緊張や大きい緊張、いろいろとあるけど、適度な緊張感は私大事だと思うのね。
よく「comfort zoneを抜け出す」という言葉も聞くよね。
駐在妻をしていると、ちょっとしたことで緊張というかドキドキしながらやることが多い。これは完全に私の意見だけど、慣れない英語での予約の電話(電話とかハードル高くてしかたないよね)、子供の学校の先生とのやりとり、完全に上の空だったときに店員に話しかけられた時のあの一瞬。などなど。。。。
もうアメリカ10年目ともなると、「大体のことはそんなに緊張しないでしょ」、
「もう慣れっこでしょ」と言われることもあるけど、そんな事ありません。
その場その場でやり抜けている感じ、否めない。
やっぱり自分の母語じゃないところで暮らすということは一歩外に出たら適度に緊張感があると思うんだよね、何年たっても。
きっと緊張レベルは渡米当時に比べればうーんと低くなったけど(笑)
そして、冒頭にも書いたとおり、最近は自分がメインになってイベントを遂行する機会があって、それはそれは緊張した。大勢の方の前で(オンラインだけど)司会しながら進行するということをしてみたらホントに汗かいちゃうやつ!
でもみんなに助けられながらすっごく楽しく出来てみんなから嬉しいコメントをもらったりして、ちょっと勇気出してみてよかったなと思えたのでした。
勉強になったことがいっぱいだしね!
ストレスと緊張感って紙一重だとも思うの。
あんまり緊張ばかりしているとストレスでしょ?
バランスが難しいけど、あまりに緊張のない暮らしも私は嫌なようで自分からそういう機会を作る傾向にあるかもしれない。
それが日曜ジャザ。いつも平日の朝の時間帯を担当しているので曜日や時間帯が違えば客層も全然違う。もちろん、おなじみの方もいてくれるけど、そうばかりではない。
おなじみの笑顔の前で1時間教えるのと、初めましての方が多い場で1時間踊るのでは少し違うの。とくに私は英語が第二言語ということで若干の不安要素があるからか。
でも少しの勇気を出してやってみたの、すっごく楽しかったし、またそこには新たな出会いから会話が生まれたり。
いつも会えないお客さんがホントに喜んでくれたり。
彼女は平日はお仕事してるからほとんど会えないんだけど、久し振りに会えたらホントに喜んでくれて、写真撮りたい!って言ってくれて撮ったけど、私の顔(笑)
オンラインイベントでの司会をやった翌日が日曜ジャザで適度な緊張をちゃんと味わえた週末は、終わった安心感と同時に一歩成長できたようなそんな気持ちでした。
私が前に読んだ本「そしてバトンは渡された」のある一節、
合唱コンクールで伴奏を弾く主人公優子が緊張感を感じながらも
「私はいつも最高の状態のピアノを弾いてきた。どんなピアノを前にしたって怖気づくことはない。」と考えるの。ここでいう「最高の状態のピアノ」というのはこれまで優子が弾いてきたいろんな事情を抱えたピアノだったんだけど、なんていうか、緊張する時のいい心意気だなぁって思ってノートに書いたのを思い出した。
小さな一歩も少しずつちゃんと積み上げていこうとそんなふうに思えた週末でした。
ではではまた♪
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